ナドベザ・ペーター(Nadoveza Petar、1942年4月9日-)は、クロアチア出身のサッカー選手・指導者。
現役時代は旧ユーゴスラビアやベルギーのリーグでプレーし、ユーゴスラビアリーグ得点王や、サッカーユーゴスラビア代表 ユーゴ代表の経験も持つ。
引退後は現役時代も所属したハイデュク・スプリトの監督を始め、主に東欧のチームで指揮を執る。監督経験は20年近くに及び、その経験を買われて2004年に日本プロサッカーリーグ Jリーグ・セレッソ大阪の監督として招聘された。
しかし、来日前に狭心症の発作を起こし、来日は不可能と判断した球団は契約解除を決めた。Jリーグ監督史上、実際の指揮を執らずに辞任したケースはナドベザのみである。ちなみにプロ野球で実際の指揮を執らなかった監督は、福岡ソフトバンクホークス 南海ホークスの監督就任直後に急死した蔭山和夫(ただし、1962年シーズン途中で南海の監督代行を務めた)、西武ライオンズ 太平洋クラブライオンズの監督に就任したもののナドベザ同様に病気のため来日できなかったレオ・ドローチャーがいる。
ナドベザ・ペーターの詳細